ツイッターでなんとなくひとりごとを言っていたことを掘り下げというかタイムラインに流されていくのはもったいないなと思った考えごと
自分の好きなもの、人生の中で全て自分自身の意思で選んできたと思いがちだったけど
よくよく思い出したらそんなことなかったなって話
自分だけで生きていたら選ばなかったはずのものを人の影響で選ぶようになったものが結構あった
たとえば抹茶味のお菓子とか抹茶ラテ
私は抹茶味は好きだけど正直「抹茶大好き♡抹茶に目がない!」とまではいかない
でも見かけたらなんとなく手に取ってしまう
これは中学の時すごく好きだった友達の影響だというのを思い出した
その子が抹茶のお菓子を好んで食べていたから、自分もよく買ってシェアしたりあげたりしていたし、
その子も買ったお菓子をよく私にくれた
今でも抹茶味のお菓子を手に取る時なんとなくその子のことを思い出しているような気がする
あとマクドナルドに行ったとき
大体セットで注文するんだけど自分はいつもお茶にしていた覚えがある
けどいつからかスプライトをよく頼むようになった
これはずっと自覚あるけど完全に専門学生時代の友達の影響
私はその子のことが本当に大好きで昼食も一緒にとっていたし外食もよく一緒に行っていた(学生らしくファストフード店ばかりだった)から
その子がそのとき何を好んで食べていたかよく覚えていて
課題のためによくマックに行っていたけどその子はいつも必ずスプライトを注文していた
なんとなくその光景が好きでいつしか私もスプライトを注文するようになっていた
今も マック行かなくてもスプライトよく買って飲んでる
最近会ってないからその子が今もスプライト飲むのかは知らない
あとその子がどうだったかまで覚えてないけど私は氷抜きで注文する
ハンバーガーはピクルスを絶対入れてもらう
(なんか面倒くさい客みたいな書き方したけど「ピクルス抜いてください」って言わないよというだけです)
可能なら増やしてもらうしポテトにケチャップ付けてもらったら飲む勢いでケチャップフル活用する
これは自分のこだわり
ちゃんと思い返したら私は自分で選んできたりなんか全然してなくて
こうやって誰かの影響を色濃く受けることが今までの人生すごく多かったけど
私自身は誰かに影響を与えたことなんてあったのかなと思って少し切なくなった
自分ばかり誰かを好きになって気に入って、自分が誰かから気に入られたり好かれたりすることってあったのかなとか
ちゃんと思い出したら私を気に入ってたくさんお話してくれた人も何人も思い浮かぶんだけど
結局私の方がその人たちを好きだったような気がしてしまう
誰かに影響を与えられるほどの人間になりたいけど、そういうのってなりたいと思ってなれるものでもない
これからもただ自分として生きていくしかないんだなとふと思った